無効資料調査を実施する際に忘れられがちと思われる点にスポットを当てて、そのノウハウを連載していきたいと思います。初回である今回は、「無効資料調査の基準日の設定」について解説していきます。
S.T. | 特許調査 サーチャー
日本ハムを退社後、特許事務所で約10年を特許技術者として勤務し、知財コンサルティング会社で3年勤務し、現職で15年目となります。無効資料調査や侵害可能性調査だけでなく、企業や独立行政法人のパテントマップ作成や知財振興支援事業などの業務を主体となって数多くこなしてきました。お客様の最終目的を踏まえてより望ましい成果が得られるような柔軟な対応と意思疎通を心がけています。
【資格】・平成23年度ライフサイエンス分野知財評価人材養成プログラム(文部科学省補助事業)修了 、・特許検索競技大会:シルバー(化学・医薬)
Patent Centerについて
以前は、優先権の基礎となる明細書は特許庁に閲覧請求をして確認する必要があり、時間も費用もかかりました。そのため、通常の無効資料調査の依頼の際には優先権の基礎となる明細書の開示内容までを確認することがないまま、とりあえず(最先の)優先日を基準にしたり出願日を基準にしたりして調査を行わざるを得ませんでした。
しかし、近年は次々と各国の特許庁において提供されるデータが拡充されており、米国特許庁が提供するPatent Centerというデータベースにおいては、優先権の基礎となる明細書のPDFデータが無料で閲覧できるようになっております。
基準日について
ここで、無効資料調査における基準日について改めて説明しておきます。
無効審判をするための理由としては特許法123条1項各号に規定される事項が挙げられますが、無効資料調査においては、一般的には新規性や進歩性、あるいは未公開先願(拡大先願)に関する無効理由を主張できる文献を探すことになります。新規性や進歩性については、(無効化対象文献の)出願前に公知の文献が対象となり、拡大先願については出願前に出願された文献が対象となります。
しかし、分割出願や変更出願、あるいは優先権を伴う出願などの場合には出願日が遡及されることがありますので、その場合には遡及された出願日が調査の基準日となります。
例えば、新規性や進歩性については出願日の遡及が認められれば下記の表1のとおりの基準日となります。なお、拡大先願については分割出願や変更出願に基づく出願日の遡及はありません。
表1:新規性・進歩性の審査における各種出願についての取り扱い
「特許庁審査基準 第 III 部 第 2 章 第 3 節 新規性・進歩性の審査の進め方」より抜粋
また、前述で「遡及が認められれば」と限定しておりますが、遡及が認められるにはそれぞれの請求項で全部の要件が、遡及される明細書に記載されている必要があります。遡及が認められるか否かは、文献ごとに判断されるのではなく、請求項ごとに判断されます。
参考事例による解説
例えば、下の表2のような事例があったとします。優先権基礎1(出願日2月1日)と優先権基礎2(出願日3月1日)の2件の優先権を主張していた親出願(出願日9月1日)がまずあり、それに対する拒絶査定不服審判の請求と同時に分割出願されたものが、6つの請求項からなる調査対象特許(出願日12月1日)である、という事例(サポート要件や分割要件には問題なし)です。
表2
調査対象特許のクレーム (出願日12月1日:親出願から分割)
請求項1 AとBとからなる物M。
請求項2 AがA’である請求項1に記載の物M。
請求項3 BがB’である請求項1又は2に記載の物M。
請求項4 AとBとからなり、パラメータXが120~200である物M。
請求項5 更にCを備える請求項1~3のいずれか一項に記載の物M。
請求項6 更にDを備える請求項1~4のいずれか一項に記載の物M。
分割の親出願の拒絶査定時のクレーム (出願日9月1日:基礎1と基礎2の優先権を主張)
請求項1 A’とBとからなる物M。
請求項2 BがB’である請求項1又は2に記載の物M。
請求項3 更にCを備える請求項1~3のいずれか一項に記載の物M。
請求項4 更にDを備える請求項1~4のいずれか一項に記載の物M。
優先権基礎1 (出願日2月1日)の明細書記載事項
AとBとからなる物M。
Aとしては例えばA’が望ましい。
Bとしては例えばB’を挙げることができる。
(パラメータXについての記載無し。)
優先権基礎2 (出願日3月1日)の明細書記載事項
AとBとCとからなる物M。
Bとしては例えばB’を挙げることができる。
パラメータXについては、発明の詳細な説明に、80以上とすることができ、120以上が好ましい旨の記載あり、更に実施例にて80や120や195の測定結果あり。
(A’についての記載無し。)
この場合、請求項1~3の要件については、最先の優先日である優先権基礎1(出願日2月1日)にすべての要件についての記載がありますので、基準日は最先の優先日まで遡及して、優先権基礎1の出願日である2月1日となります。
しかしながら請求項4の要件である、パラメータXの上限を200とすることについては分割の親出願において初めて登場した記載なので、出願日は一切遡及されず基準日は親出願の出願日である9月1日となります。
請求項5の要件Cは、優先権基礎1には存在せず優先権基礎2になって初めて登場する要件でありますので、優先権基礎2の優先日までしか遡及されず、基準日が優先権基礎2の出願日である3月1日となります。
さらに、請求項6の要件Dは、優先権基礎1にも優先権基礎2にも存在せず分割の親出願において初めて登場する要件でありますので、基準日は親出願の出願日である9月1日となります。
なお、新規性/進歩性については前記のとおりですが、前述のとおり拡大先願については分割出願への遡及はありませんので、基準日は調査対象特許の出願日である12月1日となります。
ちなみに、拒絶査定の謄本送達後三月以内であれば拒絶査定不服審判を請求しなくても分割出願をすることはできます。しかし、表2の事例における調査対象特許が拒絶査定不服審判を請求せずにされた分割出願であった場合には、親出願の出願時の明細書にAに関する記載があったとしても拒絶査定時の明細書にA’以外のAに関する記載が残っていなければ、請求項1は分割要件違反の無効理由を有することになります。
基準日の設定の注意点 まとめ
以上のとおり、調査対象となる特許の各請求項がどの時点まで遡及されるのかを確認するには優先権の基礎となる出願の明細書の内容を確認する必要があります。しかし、私が以前受講した比較的初心者向けのセミナーでは、何の注意や検討もせず優先権があるということだけで、最先の優先日を基準日として講義が進められていました。
前記表2の例で言えば、①請求項1の要件Bが最先の基礎出願に記載されていない可能性や、②出願時には請求項1~請求項6のような請求の範囲でも審査時に請求項1~請求項3が拒絶されて、請求項4~請求項6のいずれかのみが権利化する可能性があります。これらの場合、最先の優先日を基準日とすると事実と異なる日を基準日としていることになり、本来設定すべき基準日よりも設定する基準日が早すぎる(古すぎる)ため無効資料となりうる文献が存在する期間が調査対象から外れてしまいます。その結果、その期間内に有力な無効化文献があっても発見できなくなってしまうのです。
しかし、現在は無料で優先権の基礎出願の明細書を確認できる手段としてPatent Centerがありますので、調査対象文献が優先権を主張しており、USのファミリー出願が存在する場合にはPatent Centerを活用しています。
活用方法としては、まず優先権の基礎出願の明細書が蓄積されているかを確認し、存在していれば当該明細書の内容を確認します。その後、調査対象請求項がどの時点まで遡及されるかを確認したうえで、実際の無効資料として有効な基準日に基づいて無駄や漏れの無い調査を実施するようにしています。
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