特許翻訳をしているとき、特許請求の範囲に記載されている発明の理解に苦労した経験はありませんか?「なんだか書いてあることが難しくて意味がよく分からない…」みたいな。
ソース文書が平易な言葉を使って書かれていても油断は禁物です。文書が表現している内容を十分に理解していなければ、不適切な翻訳を見逃しかねません。そうは言っても、特許請求の範囲に記載された発明の構成を正確に把握するのは骨が折れますよね。
しかし特許出願明細書には、読み手の理解を助ける強い味方がいます。それは「図面」です。
そこで、今回は図面を使って発明の構成の理解力を鍛える方法をご紹介します。
このトレーニングは実際に私も実践していた方法です。よければ参考にしてみてください。
O.K. | 特許翻訳・チェッカー
半導体設計会社で組込みソフトウェアの設計に従事する傍らOSやプログラミング言語の専門書、音声符号化技術の規格書の翻訳に取り組んだのち、電機メーカーの知財部門で技術担当として5年間国内外の特許出願・中間処理に携わりました。AIBSで特許翻訳に関わるようになってから干支が2巡目に入ったところです。お客様に満足していただけるよう日々精進してまいります。
図面は救世主…なの?
さて、化学以外の技術分野の発明に関する特許出願明細書には図面が付いています。
図面は発明の技術的内容を説明するものです。でも「図面を見ながら翻訳頑張る!」と思って図面ファイルを開いてみたら、線がいっぱいで逆に混乱したり、図が抽象的で発明を具体的にイメージできなかったりすることも。
平面図、斜視図、透視図、部分拡大図、分解斜視図などなど、それらの図面がどういうものか知識はあるけれど、さて、私が見ているこの図は一体何を表しているのやら?
なんとか明細書や図面とにらめっこしながら「ああ、そういうことなの!」と腑に落ちたときには時計の針が随分進んでいてゲンナリしたり焦ったり。
図示された構成とクレームの構成の関係をサクッと把握できるようになると発明の理解が捗るのですが、なかなか一朝一夕には難しいかもしれません。 たくさんの案件に触れて図面に慣れていくという手もありますが、明細書やクレームを読んで、そこに書かれている構成を自分で絵に描くことは、発明の構成を理解する力を養うのに良いトレーニングになります。
発明を絵に描いてみましょう
試しに特許請求の範囲の文言だけを頼りにクレームの発明を絵に描いてみましょう。
今回は特開昭47-23134で練習してみます。
※今回はツールを使って作図しましたが、普段はフリーハンドの手描きです。
請求項1
特開昭47-23134は昭和47年10月11日に公開された「電子式卓上計算機」、いわゆる電卓の発明です。その請求項には次のような構成の発明が記載されています。
少なくともキー部と表示部を覆うケースを設け、該ケースを計算機本体と摺動自在に一体に設けたことを特徴とする電子式卓上計算機。
とってもシンプルですね。
請求項1の記載によれば、ケースはキー部と表示部を覆うように構成されています。さらにケースは計算機本体と摺動自在(スライド可能)に一体に設けられているとも記載されています。
かつて電子計算機は大きな部屋を1つ占有するほど巨大で、電子計算機を構成する入出力装置、演算装置、記憶装置は一体化されていませんでした。技術が進歩するにつれて電子計算機の小型化が進み、やがてテーブルの上(卓上)に置けるほどコンパクトになります。1972年(昭和47年)には、ついに服のポケットにも入る大きさの電卓が登場します。
さて、特開昭47-23134の請求項1には明示的に記載されていませんが、「卓上計算機」の発明であることを考慮すると、キー部と表示部は計算機本体に設けられていると考えて差し支えなさそうです。ケースは計算機本体に対して摺動自在なので、ケースをスライドさせるとキー部と表示部を覆ったり露出したりできると考えられます。
請求項2
特開昭47-23134には、もう1つ請求項があります。
少なくともキー部と表示部を覆って計算機本体と摺動自在にケースを設け、該ケースから計算機本体のキー部を引き出した状態で、上記ケースの少なくとも表示部に対応する部分を透明材料で形成したことを特徴とする電子式卓上計算機。
請求項1の電卓と似ていますが、少し構成が複雑ですね。請求項1にはない特徴が加わっています。
「計算機本体のキー部を引き出した状態で、上記ケースの少なくとも表示部に対応する部分を透明材料で形成した」と書かれています。 ここで、計算機本体のキー部を引き出すアクションと表示部の位置は連動しており、ケースからキー部を引き出すと透明材料で形成されている部分を通じて表示部を視認できるようになると仮定して、電卓の絵を描いてみます。
答え合わせ
それぞれの請求項の記載に基づいて電卓の絵を描いてみましたが、実際の図面はどうでしょうか。答え合わせをしてみましょう。
実際の図面↓
あら。なんか思ってた図と違うんですけど…
請求項の記載に基づいて描いた電卓の平面図とは随分趣が異なりますが、気を取り直して明細書を読んでみます。
特開昭47-23134の第1図~第3図は電卓の側面図を、第4図はキー部をケースから引き出した状態の電卓の断面図を、それぞれ図示しています。
図中の符号が何を表しているのか明細書を読んで調べてみました。
1…計算機本体、2…キー部、3…表示部、4…把手、5…孔、6…ピン、7…ケース、
8…窪み、9…係止部、a…領域(透明材料)
特開昭47-23134の電卓には収納式のハンドル(把手4)が付いています。孔5とピン6をガイドとして把手4を出し入れできる仕組みです。普段は把手4を収納しておき、電卓を持ち運ぶときに引き出して使用します。ケース7には窪み8が設けられており、キー部2を引き出したときにケース7と把手4が干渉しないようになっています。また窪み8の底部が把手4に当接すると、それ以上ケース7はスライドできません(第3図)。計算機本体1に設けられた係止部9はケース7に対して手前側のストッパーとして機能します(第2図)。領域aは、請求項2の「表示部に対応する部分」です。透明材料で形成されています。キー部を引き出したとき、領域aはちょうど表示部3の上に位置しています(第4図)。
特開昭47-23134の請求項に把手4、孔5、ピン6、窪み8、および係止部9に対応する構成が記載されていないのは、それらが本発明にとって必須の構成要素ではないということを意味しています。
側面図だけでは電卓の外観をイメージしにくいので、実施例の記載内容も踏まえながら第2図と第4図の状態をそれぞれ斜視図にしてみました。
また、特開昭47-23134の請求項2の記載に基づいて描いた絵を加工してみました。
請求項の記載を頼りに描いた電卓の平面図は特開昭47-23134の電卓の特徴を概ね反映しているように見えますが、いかがでしょうか。
まとめ
特開昭47-23134の発明はシンプルで理解しやすい構成でした。実際の翻訳対象の案件は、もっと発明が複雑で絵を完成できないことや間違えてしまうこともあるでしょう。でも気にする必要はありません。お絵描きで重要なのは答え合わせだからです。お絵描きはササっと済ませて明細書の図面を比べてみましょう。請求項の記載のどこを正しく理解できていなかったのか焙り出せます。
実施例やクレームを読み、理解した内容を絵に描き、答え合わせをして理解度を確認するという一連の作業を繰り返すうちに、明細書の記載内容と図面の対応関係を把握する力と図面を読む力がついてきます。図示されていないところも頭の中でイメージできるようになったらしめたものです。
このお絵描き、実はあるメーカーの知財部の課長さんにご教授いただきました。請求項の記載が発明者の意図する構成を表わしているかテストするのに便利な方法ですが、翻訳対象の発明を理解するのにも役立つのでは?と閃きました。お絵描き&答え合せは、特許翻訳者にとって「銀の弾丸」とは言えないかもしれませんが手軽な方法だと思います。紙とペンさえあればできるので興味のある方は試してみてください。
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