私は広島市の東方の郊外(田舎です)から自動車で通勤しています。3月初旬のある日、東の空から昇ってくる満月を車の正面に見ながら帰宅したことがありました。その時の大気の影響でしょうか、鮮やかなオレンジ色に輝く印象的な満月でした。その昔、かの夏目漱石が英語教師をしていたころ「 I love you. 」という英語は「月がきれいですね」と日本語に翻訳するよう生徒に指導したという話(都市伝説らしい)があります。それは古来和歌でも詠まれているように、日本人らしい奥ゆかしく直接的ではない告白の言い方に翻訳した方が日本語らしくて良いと英文学者でもあった夏目漱石は考えたのだと思います。そのことを思い出しながら月を見ると、その翻訳はまったく正しいと思ってしまうような本当に美しい満月でした。
「 I love you. 」を、「月がきれいですね」と翻訳することは、文学的にはそれで問題ないのかもしれません。しかし、当社AIBSの事業である技術翻訳ではそうはいきません。「愛しています」が自然で良いとか、軽く「好きです」で良いのではないかとか、主語と目的語もきちんと訳して「私はあなたを愛しています」が正しい翻訳だなどという検討はするかもしれませんが、「月が・・・」という発想は決して出てきません。このことを考えるとき、表現ツールとしての言語・言葉の不思議さ、翻訳することの難しさを感じます。ただ、技術文書に「 I love you. 」という文が出て来ることはありませんが。(たぶん・・・)
桜の開花はまだですが、このところ梅の花は満開で春が始まっていることを告げています。梅にもいろいろ種類があるようですが、花びらが白い白梅(はくばい)、花びらが赤い紅梅(こうばい)、そして黄色い花びらの蝋梅(ろうばい)があります。蝋梅は、その音感から老梅という漢字だと思い込んでいたのですが、調べてみると蝋梅が正しい漢字でした。艶やかな花びらがまるで蝋細工のようなところから名付けられたようです。梅とは違う種類の木のようですが、この名前をつけた人の感性はすごいと思いました。童謡ではチューリップの花が「あか しろ きいろ」と歌いますが、梅の花も「あか しろ きいろ」と歌えそうです。
春にはたくさんの花が咲き始めますが、ウグイスなど鳥も鳴き始めます。春告魚と呼ばれる魚もいるようです。春一番、春雷、スギ花粉の飛散、黄砂の飛来など春を感じる自然現象もたくさんあります。季節の移ろいを表す日本語は数多くあり、気候、植物や動物などの自然を表す表現は豊かです。その感覚を大事にしながら、先ずは自分の五感を駆使して移ろいゆく春を感じていきたいと思います。